3歳【適応できない・話せない】

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過去を振り返っています。

三歳は保育園へ入園をしました。

その時の様子です。

 

保育園でのようす

クレーン現象 今でも覚えていますが先生とのやりとりで言葉が出ずにクレーンをしています。

要求は手を引き先生や私に教えていくれています。

言葉が出ないので、入園時点では【頂戴】🤲と手を合図してできたら要求に応える練習をしている最中です。

言葉の前段階の練習時期のです。

やれなかったら親や保育者が頂戴の手を作ってあげる⇨目を合わせる練習

目があうには

私のほっぺを触らせる

手で望遠鏡をつうくりママとこうたの目を繋げてみる場所は目だけにして強制的に合わせる

お菓子など好きなものを目と目の間にお菓子を置いて眉と眉のところに飴をつける→目があう

など工夫して療育の先生が言語聴覚士だったため【必ず手を合わせて目があってから要求に応える】というのを繰り返していました。

いつできるよになるのなど考えないで繰り返すとう感じです。

保育園で泣いている

しくしくとよく泣いていて情緒が安定しない時期でした。

ほとんど突然泣き出しましたという情緒不安定な状況で保育園の先生がしっかりと抱っこして大好きな絵本を読んでくれて落ち着くことができる。

立ち直りパターンを作ることをしてくれました。

必ず同じ絵本だっとと思います。

運動会にはなんとか参加しています。演劇には練習から拒絶していて参加していませんでした。

いろんな参加の仕方がある。音を外から聞いているのも参加だと思いました。

生活面

【食事面】 手で食べることはしません。保育ママ先生がしっかりとおしえてくださいました。

【トイレ】 おむつです。

【集団活動】 みんなで行動ができないので体育館へ入れません。

【原因】

いつもと見える景色がことなると、別の場所に来たみたいで不安感がつよい。

戸の開け閉め、色鉛筆を並べるなど規律秩序が安心感につながり常同的な行動同じパターンをこのむという自閉症の特性が強く出ています。

パターン行動のなかでもタイムスケジュールのこだわりより視覚情報のこだわりがでていました。

暗黒の夜中の起床時代

脳内ですごく言葉の蓄積があるので、しゃべれないし返答もできませんが夜中に再現していました。

保育園の先生と子供たちの会話を延々と二時間しゃべっています。

いただきますっていってからたべますよ

こらまちなさい!!

え そこはかたづけますよ

大丈夫ですか いまいくからちょっとまっててね

資生堂がおおくりいたしました。

歌を歌う 絵本を諳んじる

延々です。『資生堂がおおくりいたしました』のセリフは大好きなトトロの動画に出てくるのでうれしそうにたのしそうににっこりと言っていました。

三歳入園時期、視野がかなり狭くままを指差ししながらままと一周してようやくさがすという仕草でしたのでかなり視野が狭かったです。

視野が広がることでカーテンが変わると大泣きしたり、ツリーがあると怖がって入れないなど大きな変化があり視野が広がることでこだわりがはじまり、対人面があがると気づきから好きな先生がいないと大騒ぎで探す大変な時期でもありました。

理解できる物の言葉が少しでてきました。

【記憶できる力】はあるようで、ことばの理解がでてきて絵カードを見て【りんご】などいうようになってきました。

独り言が多くなってきた時期です。

診断がつく

この時期に、病院へいき脳波を測ることをしにいったことで先生から【自閉症だとおもうけれど】という言葉をもらいました。

療育園の先生は診断する立場ではないので病名などはいいません。

この時にやっぱりそうなんだと安堵したことを思い出しました。

半年後に診断がおりたことを療育の先生にお伝えして子供の診断を受け止めていることをお伝えすると親身にメモしてくれて傾聴してくださり『おかあさん、成長するから大丈夫』と先生が親身になって支えてくれたことを覚えています。

ようやく受け止められた時に、子供達の大好きなねないこだれだをペイントしてそこに【アイラブフーユーアー】あなたのどんなところもすきよ あなたのありのままがすき という言葉を書いてこどもに対しての気持ちを整理した記憶があります。

次男 あなたはわたしのたからもの ですね。

子供たちが大好きな絵本です。

懐かしい、怒ってばかりで申し訳ない。

しっかりと褒めて育てたいです(課題)^^;。

「あしにょきにょき」も大好きな絵本です。

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